2014年09月22日
マーサー ジャパン株式会社 組織・人事戦略コンサルティング部門
シニアコンサルタント 野村 有司
「婚活市場」と「就活市場」は似ている。
しばしば指摘されることだが、例えば、テクノロジーの進化等の要因によりマッチングの機会はより多くなっているはずなのに成功率は上がっていないという問題は、どちらの市場にも共通しているように思われる。
「結婚」と「就職」のどういった構造が似ているのだろうか。本稿では「普遍価値」と「(関係)特殊価値」という概念を用いて説明を試みたい。
ここでは、「普遍価値」を他者(他の企業/相手)との関係においても評価される価値(MBAなどを考えるとわかりやすいかもしれない)、「特殊価値」を特定の企業/相手との関係においてのみ評価される価値、と定義しておく。
この定義より、その人材の(企業/相手にとっての)価値は、「普遍価値+特殊価値」で表現されることになる。ここ十年くらいの就活市場で学生からしばしば聞かれるようになった「マーケット・バリューのある人材になりたい」ということばは、上記のフレームワークで考えると「普遍価値の大きな人材になりたい」ということを意図するものであろう。
一般に、企業と労働者の関係では、労働者は普遍価値を、企業は特殊価値を増加させるインセンティブを持つ。なぜなら、企業にとって普遍価値の増加は、労働者の転職リスク(またはそれを防ぐための賃金上昇)を伴うからである。
(そういう意味では、件の「マーケット・バリュー云々」という話を、少なくとも学生の立場からはすべきではないことになるのだが……)日系企業のマネジメントは「ボトムアップ」や「調整型」としばしば指摘されるが(この真偽については本稿では措く)、仮にそれが事実である場合には、日系以外の企業と比較して人材に対して「企業特殊的な価値」を要請してきたということができるかもしれない。
上述のように、それは労働者にとって必ずしもハッピーなことではないため、企業ではそれにふさわしい賃金システム(年功序列型賃金)とジョブ・セキュリティ(長期・終身雇用)を保証してきたと考えることができる。
しかし、グローバル化を伴う企業間競争の激化や人的資本投資も含む投資回収の短縮要請、企業内のデモグラフィの変化(回収期にあたる労働者の増加)等の要因により、こうした長期的な投資回収モデルは採りづらくなり、できるだけ直近の「役割の大きさ」にふさわしい現在の人材価値と賃金をバランスさせることを目的とする賃金システムにシフトしていることは、読者の皆さんも実感されていることであろう。そういう意味では、各人材の「普遍価値」を常に意識して人材マネジメントを行うことが重要となってくるかもしれない。件の学生の発言ではないが、既に労働者側の人材市場では若年層を中心として「普遍価値」をベースとしたキャリア形成を意識している。また、海外の流動性の高い国々の人材市場においても同様の傾向があるのではないかと思われる。したがって、今後の人材マネジメントでは、
できるだけ企業特殊価値を要請しない(普遍価値で業務がまわるような)業務プロセスの標準化
企業特殊価値を必要とする(少数の)ポジションに対しては市場以上の賃金パッケージを準備
という方向性が重要になってくるかもしれない。「普遍価値」と「特殊価値」という単純なフレームワークで積み上げた緩い考察であるが、特に海外の人材マネジメントの現状には当てはまっているようにも思える。
最後に、婚活市場にこのアナロジーを用いてみよう。
自分と相手の「人材価値」を「普遍価値」と「特殊価値」で考えてみると、独身のときは「普遍価値」を、結婚してからは(結婚生活の安定のためにも)「特殊価値」を増加させることが合理的な行動となる。ただし、一方のみが「特殊価値」を増加させることは、相手の「裏切り」を考慮すると必ずしも合理的にならない。
これらから導き出されるように、「結婚」というシステムは双方の「特殊価値」増加へのインセンティブを与える契機となる仕組みなのである。しかし、統計を見ると多少の上下はあるが、離婚数は一貫して増加している。まさに労働市場のトレンドと同じ現象が起こっているのかもしれない。今後の結婚生活の健全な運営のために、「普遍価値」と「特殊価値」というフレームワークが参考になれば幸いである。
※本記事は2013年2月時点の記事の再掲載となります
マーサー ジャパン株式会社
組織・人事戦略コンサルティング部門 シニアコンサルタント 野村 有司
ベンチャーキャピタルを経てマーサー ジャパン入社。グローバルM&Aコンサルティング部門を経てヒューマンキャピタル部門所属。役員報酬制度、長期インセンティブ制度、M&Aにおける人事制度統合など、組織・人事と経営、会計、法務などをつなぐ「ハイブリッド」なコンサルティングに従事。
共著に『人事デューデリジェンスの実務』 (中央経済社、2006年)。
京都大学経済学部経済学科卒。
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