「課長、その仕事、成長できますか?」───若手社員の間では、とにもかくにも自分は成長しなくてはいけない、成長しないことが不安だ、と思い込む人が広がっているという。そのあたりのことを榎本博明著『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)は興味深く描いています。人事担当者の方々にはお勧めの一冊です。
私も若年層の研修を多くやっているので感じることですが、確かに彼らの中で、自己の成長が目的化している傾向性があります。もちろん技術的にも精神的にも成長は歓迎すべきことですが、任された仕事の意味や役割意識を脇に置いて、やれ成長だ、やれ成長機会が与えられなければ転職だ、という姿勢は偏りすぎています。私は昨今の若手のこうした気持ちの偏りを“成長欠乏不安症”と呼んでいます。
さて、本稿はシリーズ記事「コンセプチュアル思考」の第3回目です。私は“成長欠乏不安症”に陥りやすい若手にこそ、コンセプチュアルに考える力が必要だと思っています。きょうはそのあたりのことを書きます。
◆雑多な事象・経験の中から本質を抜き出す「抽象」の力
コンセプチュアル思考とは、「コンセプチュアル=概念的な」という語が示すとおり、中軸は概念化の思考です。それがどんなものかイメージしていただくために、一つ簡単なワークを紹介しましょう。
コンセプチュアルワーク:「成長とは何か」を考える
〈作業1〉
これまでの仕事経験のなかで、「自分が成長できたな」と思える出来事・エピソードをいくつかあげてみましょう
〈作業2〉
「成長とは何か」「成長についての解釈」を自分なりの言葉で表わすとどうなるでしょう
まず、これまで遭遇してきた雑多な出来事を振り返り、自分を成長させてくれた経験を見つめなおします。そしてその経験から本質的なことを引き出して、成長とは何かを短い文言に凝縮します。この作業1→作業2の思考の流れがいわゆる「抽象化」です。ちなみに、どういった回答が出てくるかといえば次のようなものです。
成長の定義は人それぞれに出てきます。これを入社3年目のフォローアップ研修などでやると、「同じ会社の同期の中でもこんなに成長のとらえ方がいろいろあるんだ」という刺激になります。自分が書き出した定義をグループで発表し共有するとき、各自は「自分のとらえ方は浅かったな」とか「あの人の表現は本質を突いているな」とかがよくわかるものです。そして社内には自分が気づいていない成長の機会がまだたくさんあるんだなということにも気づきます。
◆「π(パイ)の字思考プロセス」
そして次の作業に移ります。
〈作業3〉
作業2の定義をふまえて、「成長」を図や絵で表わしてみましょう
〈作業4〉
成長を持続的に起こすための「行動習慣」としてどのようなものが考えられますか。3つあげてみましょう。
作業3は概念化を深める流れです。言葉だけでなく、図的に概念を表わそうというものです。概念をビジュアル的に描くと、言葉の定義では表わしにくかった全体の構造や要素間の関係性が見えやすくなります。
作業4はこれまでの作業をふまえて、今後の自分への行動の具体的展開です。抽象化・概念化だけで終えてしまうと、頭の中だけの観念論で閉じてしまいます。思考は具体化され実践されることが重要です。
これら一連の作業が示すように、コンセプチュアル思考は大きく3つの思考の流れによってなされます。すなわち───
1)抽象化(引き抜く)
↓
2)概念化(とらえる)
↓
3)具体化(ひらく)
この思考の流れを私は、その形から「π(パイ)の字思考プロセス」と呼んでいます。
◆仕事・キャリアのあり方を考えるのは「観」の次元
このコンセプチュアルワークは、いわゆる自分の成長「観」の醸成を促すものです。これまでの経験を見つめ、そこから本質的なことを引き抜き、自分の言葉やイメージで表現する。そしてそれをもとに具体的な行動に展開する。さらには受講者同士で披露しあい、啓発しあう。こうした一連の作業は、日ごろ多忙な仕事現場ではまったくやることのない思考です。だからこそ研修でやる意義があります。
観は人それぞれの価値の問題なのだから本人任せにするしかない、ということで放置しておいてよいのでしょうか。確かに、どんな観をもつかは本人の自由です。が、観の醸成を促すための思考法はあり、それをやらせることは人財育成施策として必要ではないでしょうか。
観というのはものごとの見方・とらえ方です。観は知識や技術よりも下層にあって、その人の仕事・キャリアの“あり方”に大きく影響を及ぼします。 いたずらに成長を追って、漫然と忙しく働いているだけでは、自分の仕事・キャリアが思うように進化/深化していかない状況に早晩突き当たることになるでしょう。とくに30代以降の仕事・キャリアは、単純に知識や技術面の向上だけでは打開できない“あり方”が問われるフェーズに移ってくるからです。みずからの観を土壌として、方向軸となる志を定め、モチベーションの源泉となる意味を掘り起こし、そのうえで知識・能力を生かしていく。そういう太い構え方ができるように社員のマインドを導いていってやる必要はないでしょうか。
ですから、成長欠乏不安症で心がソワソワしている若手への処方箋は、観の醸成を促すことなのです。本稿では、観をつくるための思考プロセスとして「抽象化→概念化→具体化」を紹介しました。こうしたコンセプチュアルに思考する訓練を日ごろから意図的にやっていくことが大事です。観はそうした思考習慣の堆積物ですから。
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【シリーズ】コンセプチュアル思考
〈第1回〉~新・思考リテラシーへの誘い
〈第2回〉~「コンセプチュアル思考」とは何か
〈第3回〉~「成長」欠乏不安症の若手に必要なのは成長「観」の醸成
〈第4回〉~「具体的に指示されなければ行動できない社員」の育成処方箋
〈第5回〉~リーダー・マネジャーに必要な思考技術~ロジカル思考を超えて
〇キャリアポートレートコンサルティングの『コンセプチュアル思考』研修 の
詳細については次の資料をご覧ください →PDF資料
〇『コンセプチュアル思考の教室』ウェブサイト開設 (ワークショップ開催中) http://www.conceptualthink.com/