2014年08月12日
マーサー ジャパン株式会社 組織・人事戦略コンサルティング部門 中村 健一郎
私は、祖先を辿ると熊野の本宮にルーツを持つせいか、山の自然を眺めるのが好きである。東京都内では、御岳神社の修験場として使われていたという自然のありのままの姿を楽しむハイキングコースが特に好きである。その中にあるロックガーデンは、この季節、美しい小川の水、コケの生えた岩、樹木の緑が見事に調和し、息を呑むほどの美しさである。眺める度に、こうした自然の調和の美を残し守る日本人の美意識に感謝する。
実は、例年、頭の中を空っぽにして楽しめていた風景だったが、“美意識・・・”と考えだしたら、今年は少々雑念が入り込んだ。日本の美意識について、白洲正子は、著書『両性具有の美』の中で「昔の人達は、人にも物にも個性なんか求めず、周囲の環境といかに調和しているか…その事だけを美しいとみた。」と語っている。また、日本文化との対話を標榜し、椅子のデザインを手がけるネクストマルニプロジェクトの黒川氏は、そうした調和の姿を「細部に全体性があるからこそ、細部だけの集合で、その細部が間合いをとって調和することができる」、「建築には二つの原点がある。一つは洞窟でありもう一つは柱である。・・・(中略)・・・日本の建築はこの柱のつくり出す空間として成立している。そのために日本の伝統的建築には部屋の概念がなく全てが襖や障子で仕切られた不確かで曖昧な連続性を持った空間となっている。人も物もこの気配を持っており日本の物や人の認識はその周辺の空間も含んでいる。」と語っている。「曖昧な組織構造」、「職場集団の協調性」、「阿吽の呼吸」、「まじめで几帳面、責任感が強く、他人に非常に気を使う人材」という、かつて日本の職場の強さの源と言われた職場運営のありようと黒川氏が指摘する空間の概念、白州正子の美意識への見解は繋がりが強いように思える。日本の職場の強さは、実は日本固有の美意識から自然発生したのではないかと考えてしまう。日本のもの作りにおける品質の高さも、日本人の美意識と強く結びついているという人もいる(『日本人の美意識とモノづくりについて』第一化工株式会社馬口幹生氏)。小さな空間の中で、細部と全体を調和させながら宇宙的な広がりを感じさせる日本庭園やロックガーデンのような自然を眺めていると、日本のもの作り意識の原点が日本人の美意識と結びついていることも感覚的に理解できる。しかし、周囲との調和・協調、高品質を生み出す行動が、白洲正子が考えたように日本の四季の移ろいと豊かな水が織り成す自然がもたらしてくれた潜在的美意識に根ざしているとすると、今後の進み行くグローバル化の中で、同じ環境を共有していない人々と、その真の意味を共有することはできるのだろうか。と悩んでしまった。
日本企業は、グローバル化を成功させる鍵の一つとして価値観の浸透を必ず掲げている。基本手順は、多少の違いはあれども、価値観・理念の明確化、共有化、浸透の3段階であり、多くは価値観を共有した伝道師を育てつつ浸透させる形を取る。だが、その価値観の浸透に「本当に成功した」と自信を持って言う日本企業が少ないこともまた事実である。
「日本人の内と外」という司馬遼太郎氏と山崎正和氏の対談本の中で、司馬氏は「言葉で、日本及び日本人とはなんぞやと言うことは、もう不可能に近いですね。」と語っている。価値観の浸透において、単に価値観・理念を言葉に落とし、言葉で共有を進めることには限界があるのかもしれない。
もし、日本企業の強さの源泉の一つである価値観が、企業内で明文化された行動指針だけでなく、環境、行動、生活様式がもたらした美意識によって補完されていたとするならば、今後の浸透を考える上では、
1. 価値観・理念の明確化を、環境、行動様式を含めたより深いレベルで考察する
2. 様々な拠点で起きている状況を注意深く精査し、細部に宿る意識・行動の源泉を分析・把握する
3. 個々の状況に合わせ、細部に全体性(理念)を取り込んでゆくきめ細かな施策を多面的に推進する
必要があるのではないかと思われてくる。
先ほどの対談の中で、山崎氏は、「日本人はいま、初めて生死を賭けて外国人と接触するようになったわけですね。これで拒絶されると・・・(中略)・・・今の日本人の生活(水準)が(維持)できないんですから。」とも語っている。日本のグローバル化というと、ややもすれば日本の西欧化と解釈しがちであるが、日本にある美しい自然を見つめながら、その特殊性をより正しく認識する努力と同時に、日本の価値を本質的に理解させる方法を考える努力を怠ってはならないという思いを新たにした。
※本記事は2011年11月時点の記事の再掲載となります。
マーサー ジャパン株式会社 組織・人事戦略コンサルティング部門 中村 健一郎
国内外企業の組織・人事制度改革プロジェクト、リーダーシップ研修、組織変革プロジェクト、グローバル人材マネジメント構築 プロジェクト、グローバル意識調査プロジェクト、等様々なプロジェクトをリード。
研究組織活性化フォーラムメンバー。執筆文として、「研究開発者の活性化につながる処遇を考える」(労政時報、共著)、「輝く組織の条件」(ダイヤモンド社、共著)、「なぜ今、幕末のような大物が生まれないのか」(プレジデント)がある。
一橋大学 経済学部卒。NTTデータ、アビーム・コンサルティングを経て、2000年から現職。経営行動科学学会会員
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