採用学の第一人者である横浜国立大学の服部准教授がリーダーを務める採用学研究所(運営:株式会社ビジネスリサーチラボ)とビズリーチが、日本の採用活動動向の調査を目的として共同研究を実施。ただいま無料で第1弾「採用学I 成長企業における採用活動の特徴」の研究レポートをダウンロードしていただけます。
「採用学」とは、企業の採用活動に関する課題に科学的観点からアプローチし、採用活動の効率化を支援して社会に貢献することを目的とした、課題解決志向で実践的な学問です。
今回は前回に引き続き、研究レポートのなかから第三章「『良い企業・成長する企業』の採用活動の分析」と題して研究結果の一部を抜粋してご紹介します。レポートの全文は文末のリンクから無料でダウンロードすることが可能です。ぜひご覧ください。
第三章 「良い企業・成長する企業」の採用活動の分析
分析方法および定義
三章の分析は、ノイズを除去して厳密な関連性を分析できる重回帰分析(最小二乗法)を分析手法として利用しています。例えば、「業績の良い企業は中途採用が活発である」と見えても、実際には業種の影響が大きいかもしれません。しかし、重回帰分析を用いることにより、このような他の要因の影響を排除し、本当に見たい要素の関係性のみを分析できます。今回の分析においては、企業規模(従業員数)・業種・創業年数・オーナー企業かどうか・学生の中で有名な企業かどうかといった「コントロール変数」の影響を排除しています(注3-1)。
また本レポートにおいては「良い企業・成長する企業」の指標として以下の5つの観点から調査項目を作成し、分析しています。
図表1 「良い企業・成長する企業」の定義
次項からは、図表1の指標に基づいて、「良い企業・成長する企業」の採用戦略に関する分析結果を述べていき ます。分析結果は、採用活動プロセスの時系列に沿って、「戦略(=経営者による決断)」「カルチャー(=戦略に対 する周囲の巻き込み)」「業務プロセス①(=求職者の募集)」「業務プロセス②(=採用活動の運用)」の4つの観点から説明します。
注3-1 今回の調査では、一般的な研究でコントロール変数として扱われるものを定義に用いています。加えて、特定の属性に絞ることなく、広く一般的な解 釈を優先しています。
注3-2 数値が低いほど「良い企業・成長する企業」としています。
注3-3 鈴木竜太『関わりあう職場のマネジメント』において、調査に用いられた項目を学術調査の目的で引用、修正して調査に用いています。
注3-4 図中の +++、++、+ はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準で統計的に有意にプラスの影響が見られたことを示しており、+ の数が多いほどそ の信頼度が高いことを示しています。
戦略
まずは、企業戦略における採用活動の重要性を経営層が示しているか、という観点から「良い企業・成長する企業」 の採用活動の特徴を見ていきます。
経営層の関与
採用活動に対する経営層の関与を見ると、組織が活性化されている企業においては、経営層が人材要件の決定に積極的に関わっており、また、採用したい人材との面談、会食などに時間を使うことを惜しまない傾向が強く見られました。「良い企業・成長する企業」の採用活動における特徴の一つとして、「経営層の積極的な関与」があるといえます。
また、採用と戦略の接合がなされている企業においても、経営層が人材要件の決定に積極的に関わっているほか、 マネジメント人材の充実が自社の戦略上優先される事項の上位3つに含まれる傾向にありました。このことから、マネ ジメント人材の採用は、経営層の関与のもと、自社の重要な戦略として明確に位置づけることが重要といえます。
カルチャー
次に、採用活動に対する組織運営の姿勢、現場スタッフ・マネージャーの積極的な関与といった組織のカルチャーという観点から「良い企業・成長する企業」の採用活動の特徴を見ていきます。
面接における現場の協力
採用と戦略の接合がなされている企業においては、「優秀な人材を面接官にアサインしている」「現場のスタッフ・ マネージャーが面談・面接に協力的である」「現場のスタッフ・マネージャーに採用の重要性を積極的に伝えている」 という3つの傾向が強く見られました。ここから推察されることは、現場の優秀なスタッフ・マネージャーを採用の最前線に出すことに注力しているということです。特に、アサインするだけではなく、積極的に採用の重要性を伝えること で、協力的な態度を引き出しているとも考えられます。
優秀な人材を採用の最前線で用いる理由として、大きく2つ挙げられます。
1つ目は、応募者の的確な見極めが必要であるためです。面接における、応募者の能力の的確な評価は、誰にでもできることではありません。面接には多くのバイアスが存在するため、一定の能力やトレーニング、優秀さが求められます(注3-5) 。
したがって、応募者の中から優秀な人材を的確に見極めるためには、面談官や面接官に必要なトレーニングを施すこともさることながら、高い面接スキルを持つスタッフ・マネージャーのアサインも効果的であると考えられます。
2つ目は、面接官が企業の印象を左右するためです。面接の場においては、面接官は企業の代表者であり、応募者は面接官の振る舞いから企業の風土を推察しようとします。そのため、応募者が好印象を抱くような面接官を配置することが必要といえます。一般的に人間は「自分に似た人間」に魅力を感じることが、採用研究や社会心理学の研究で知られています。優秀な人材を採用するためには、当該応募者と同程度またはそれ以上に優秀な人材が面接を行い、応募者が面接官、企業に対して魅力を強く感じるような関係性を醸成することが必要になると考えられます。
注3-5 例えば社会心理学の研究では、人物評価において第一印象がその後の判断を大きく左右し、被面接者の個別の受け答えなどの情報を正確に評価 できなくなる現象が見出されています(ハロー効果)。
また、組織が活性化されている企業においても、同様に「優秀な人材を面接官にアサインしている」「現場のスタッフ・ マネージャーが面談・面接に協力的である」「現場のスタッフ・マネージャーに採用の重要性を積極的に伝えている」 という3つの傾向が強く見られました。
ここで「経営層の関与」において、組織の活性度が高い企業では経営層が人材要件の決定に積極的に関 わり、かつ採用したい人材との面談、会食などに時間を使うことを惜しまない傾向が強く見られたということとあわせて考えると、活性化された組織では人材の採用に対する関心・熱意が非常に強いことが見えてきます。
人材要件の明確な企業においても、現場のスタッフ・マネージャーが面談・面接に協力的な傾向が強く見られ、事業戦略の明確な企業でも、現場のスタッフ・マネージャーに採用の重要性を積極的に伝えている傾向が見られました。 求める人材像が明確な企業は、採用の最前線に出る現場スタッフ・マネージャーも動きやすく、また、事業戦略が明確であれば戦略と採用のつながりも伝えやすくなると考えられます。
人材獲得は常に一種の競争であり、無為無策に採用活動を実施していては、必要な人材・優秀な人材の獲得は困 難です。今回の調査で得られた「活性化された組織では、経営者のみならず、現場も一丸となって採用に取り組んで いる」という結果は、活性化された組織を維持するためには、相応の採用努力・コミットメントが必要であることを示し ているのではないかと考えられます。
そして、企業において人材採用が重要であることを現場に伝えていく際に、人材要件ならびに事業戦略を明確にしておくことが必要であるといえます。
業務プロセス①:求職者の募集
続いて、多くの求職者を引きつけるための業務プロセス上の工夫という観点から「良い企業・成長する企業」の採用活動の特徴を見ていきます。
採用戦略
成長性の高い企業は、魅力的な人材が集まるように門戸を広げて待つのではなく、欲しい人材には企業の方から積極的にアプローチする、常に新しい採用手段を模索し、取り入れている傾向が見られました。
今回の調査では、成長性について売上高の伸び率に着目しており、成長性の高い企業では積極的に人材を採用しようとしていることを示すと考えられます。なお、今回の調査では、企業規模(従業員数)、創業年数などの影響を排除し、成長性の高い(売上高伸び率の高い)企業の特徴をとらえています。したがって、成長期のベンチャー企業に限 らない結果となっています。
日本の従来の採用活動の主流は、求人サイトや自社の採用サイトを通じて募集を行い、自社に興味を示した人材に アプローチするという、どちらかというと「門戸を広げて待つ」受動的なものだったと考えられます。しかし、本調査の結果からは売上高伸び率の高い企業、つまり成長局面にある企業では、むしろ「欲しい人材には企業の方から積極的にアプローチする」という、主体的な採用行動がとられているといえます。
そして、その採用手法を積極的に探しているとも見ることができます。これは、自社に引きつける努力が求められているからと考えられます。受動的な採用手法が多いとされてきた日本の採用においても「良い企業・成長する企業」は主体的な採用活動をとっているという事実は、優秀な人材を獲得して競争に勝ち抜くため、採用活動における主体的な働きかけの必要性を示唆しているといえます。
母集団形成の工夫
母集団形成の観点では、組織が活性化されている企業において「採用支援会社の担当者と良好な協力関係を築いている」「社員紹介を推進している」「常に新しい採用手段を模索し、取り入れている」という 3つの特徴が見られました。
加えて、組織が活性化されている企業は受動的な採用活動を行うのみならず、社員紹介や人材紹介会社などのネッ トワークの有効活用を含めた主体的な採用活動によって、組織の活性度を維持していると考えられます。
業務プロセス②:採用活動の運用
最後に、採用活動の柔軟さ、改善活動などの業務プロセスの観点から「良い企業・成長する企業」の採用活動の特徴を見ていきます。
採用活動の柔軟さ
成長性が高い企業は、中途採用の給与水準が柔軟に運用される傾向が見られました。成長性の高い企業が欲しい人材に積極的にアプローチしているという調査結果「採用戦略」とあわせて考えると、中途採用における効果的な戦略の特徴が見えてきます。成長性の高い企業は、事業拡大に応じた人材の補充が必要となります。そして、補充する人材は優秀でなければ、高成長を維持できません。
中途採用は不定期かつ突発的な人材需要に対応して行うため、事前に計画することが困難であり、また求職者の増減も不定期であるため、必ずしも即時の採用が可能とは限らず、柔軟な採用活動が要求されます。
このような背景から、高成長を維持している企業は、中途採用という不確実な人材需要において、必要な時に必要な経営資源を投入し、人材獲得競争を勝ち抜いていると考えられます。
母集団形成の工夫
組織が活性化されている企業、成長性が高い企業においては、スカウトメールや求人情報について、反応率を見ながら常に改善されている傾向が見られました。こうした改善は、母集団形成において採用担当者が主体的に行える工夫の一つとなっています。
「母集団形成の工夫」において、組織が活性化されている企業は採用支援会社の担当者と良好な協力関係を築き、社員紹介を推進し、また常に新しい採用手段を模索し取り入れるという結果が示されたこととあわせて見ると、このような企業は、優秀な人材を採用するために主体的に動き、母集団形成に注力していると考えられます。
面接の工夫
事業戦略の明確な企業には、面談官・面接官にコミュニケーション内容を記録させる傾向が見られ、人材要件の明確な企業においては面談官・面接官にトレーニングを実施している傾向が見られました。事業戦略や人材要件が明確な企業ほど、採用活動に「改善」の観点を導入していると考えられます。
採用活動の改善を続けるためには、必要な情報を収集する必要があります。「面談官・面接官がどのような面接を実施していたか」ということも一つの重要なモニタリング対象であり、抽象度の高い情報や採用結果だけでなく、現場の具体的な情報をマネジメント層にも共有することが、的確な改善施策を実行するためには必要不可欠であると考えられます。事業戦略が明確な企業の多くが「コミュニケーション内容を記録させている」と回答していることは、こうした改善のためのエビデンス収集の意義を示唆しています。
また、人材要件を明確にしている企業では、その要件を現場レベルで共有し、採用活動を効果的に運用するために必要なトレーニングを実施して、優秀な人材を採用していると考えられます。
まとめ
本章では、「事業戦略の明確さ」「人材要件の明確さ」「採用と戦略の接合」「組織の活性化」という定性面から良い企業、ならびに「売上高伸び率」といった定量面から成長する企業を定義し、採用活動の特徴などを分析しました。
■良い企業における採用活動の特徴
- 組織が活性化されている企業においては、経営層が人材要件の決定に積極的に関わっており、かつ採用したい人材との面談、会食などに時間を使うことを惜しまない傾向が強く見られました。良好な組織風土の醸成には経営層レベルから採用に関わっていくことが必要と考えられます。
- 人材要件の明確な企業においては、現場スタッフ・マネージャーが面談・面接に協力的である傾向が強く、 事業戦略の明確な企業では、現場スタッフ・マネージャーに採用の重要性を積極的に伝えている傾向が見られました。
- 採用と戦略の接合度が高い企業では、現場の優秀なスタッフ・マネージャーを採用の最前線に出しているこ とが分かりました。採用の重要性を積極的に伝えることで、協力的な態度を引き出していると考えられます。
- 事業戦略の明確な企業では、面談官・面接官にコミュニケーション内容を記録させている傾向が見られ、 人材要件の明確な企業においては面談官・面接官にトレーニングを実施している傾向が見られました。 このことから、面接を適切に行うためには、経営者は事業戦略にもとづき人材要件の決定まで関わるこ とが重要と考えられます。
■成長企業における採用活動の特徴
- 成長性の高い企業は、「欲しい人材には企業の方から積極的にアプローチする」傾向が見られ、積極的に人材を採用していることを示していると考えられます。
- 成長性の高い企業は、中途採用の給与水準が柔軟に運用される傾向も見られました。中途採用で必要な質・ 量の人材を獲得するためには、常に労働市場にアクセスし、かつ時期を見計らって集中的に経営資源を投入する必要があることを示していると考えられます。そして、母集団形成にはスカウトメールや求人情報の反応 率を見ながら常に改善活動を実施する必要があると考えられます。
(採用学Iの研究レポートから一部抜粋。全文は以下のPDFをご参照ください)