三村社会保険労務士事務所 社会保険労務士 三村正夫
優秀な人材の獲得や定着を左右する給与。潤沢な利益を人件費に回せる状況にない限り、従業員の賃金や時給を考えるのは難しいところ。出しすぎれば経営が赤字になり、出し渋ればよい人材を得られないどころか、業務を拡大するのも難しいでしょう。労働対価として、妥当な金額を割り出すにはどうすればいいのでしょうか? 三村社会保険労務士事務所の所長・三村正夫先生に、アルバイト・パートスタッフの賃金設計のポイントを教えていただきました。
厚生労働省の調査によれば、アルバイト・パートなどの非正規雇用者は労働者全体の3分の1を超え、過去最高の水準となっています。
しかし、正規雇用者の賃金に比べて、非正規雇用者の賃金を経営者の主観や他社の賃金に合わせて決めるなど、あいまいな観点で決めている会社は、まだまだ多いようです。
しかし職種によっては、お客様に一番多く接するのが、正社員ではなくアルバイトやパートということも多々あります。本来であれば、正社員と同様に、アルバイト・パートスタッフの賃金設計についても真剣に考えるべきなのではないでしょうか。
では、人材の質に応じた適切な給与額を割り出すにはどうすればいいのでしょうか?
アルバイト・パートスタッフの賃金形態として、よく見かけるのが「時給」や「日給」です。「日給」の場合、賃金計算は簡単ですが、残業代などがわかりにくく、未払いを起こして労務トラブルにつながるケースもあります。
その点、「時給」は、大変シンプルで合理的なシステムです。時間管理さえきちんと行えば、給与未払いなどの労務トラブルになりにくい。そのため、多くの企業が時給制を採用しているのです。そこで、今回は時給制の給与形態を採用するものとして話を進めます。
賃金設計のフローは、大きく3つのステップに分けられます。
●賃金設計の3ステップ
(1)業界相場を調べる
(2)最低賃金を確認する
(3)自社の戦略に沿って金額を設定する
(1)から順にお話ししていきましょう。賃金設計を考えるとなると、やはり気になるのは同業他社の金額ではないでしょうか?
実際に、ハローワークや求人情報誌、同業他社の求人広告などに掲示されている金額にならうという方法も聞きます。しかし、「時給800円~」など含みを持たせているケースも多く、あまり参考にならないようですね。
そこでオススメしたいのが、無料で閲覧できる厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」。短時間労働者については産業別、職種別、雇用形態別、企業規模(5~9人の場合)別、都道府県別に分類されており、給与額が年齢、勤続年数によってどう違うかなど、詳細な調査データが出ています。短時間労働者の1時間あたりの賃金(いわゆる時給額)も、職種別・業種別に掲載されていますので、まずは同じ職種を探してみましょう。
ただし、このデータは通勤手当や家族手当などを含みますから、30~50円ほどマイナスするとよいでしょう。すると、その職種の一般的な時給単価が見えてきます。
次に、(2)の「最低賃金」をチェックしましょう。これは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者はその金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度のことです。
きちんと相場をチェックしていれば、最低賃金を下回ることはないはずですが、念のため厚生労働省が公開している「地域別最低賃金の全国一覧」で確認してくださいね。
賃金の額を相場より「上」に設定する際の注意点
実際のケースを見ていると、企業に潤沢に利益が出ている時、またはよい人材を集めて業務拡大に乗り出そうという時、なるべく多くの人を採用したい時などに、賃金を相場より上に設定することが多いですね。
ただ、気を付けたい点もあります。賃金を相場より上に設定する際は、ぜひ新入社員の額と比べてみてください。彼らの所定労働が170時間で月給17万円ならば、時給は単純計算して1000円。これよりも時給が高ければ、非正規社員たちの意欲は増すでしょう。が、新入社員は不満を持つかもしれません。
一方、アルバイト・パートスタッフが企業の売上にとって重要な役割を担っている場合は、逆もまた然り。新入社員の給与を超えることをよしとするか否かは、企業の裁量次第。経営戦略を反映してください。
次に、相場より下の金額に設定するケースを見てみましょう。普通に考えれば、人材の獲得競争において、賃金が少ないのは不利ですよね。しかし、工夫次第で挽回できる可能性もあります。たとえば、「昇給」や「手当」に関する制度を取り入れる方法です。
「昇給制度」の具体例を見てみましょう。
●企業が取り入れるアルバイト・パートの昇給制度の例
1年後には原則10円アップ、勤務状況によって20円アップ など
契約を更新した場合は、原則20円アップ など
採用時の賃金は少ないけれど、働きぶりによって金額を上げる仕組みは、スタッフのモチベーションアップにも効果的ですよね。
ただし、この仕組みを取り入れる際は、「頑張っているか」などの主観的な評価ではなく、「この仕事ができるようになったか、まだできていないか」などの客観的な評価を基準にするよう心がけてください。
とはいえ、「経営不振で、必ず昇給させるという約束はしにくい」という声もあるかもしれません。それならば、「手当制度」を検討してみるのも1つの手です。
手当というと、「通勤手当」「職務手当」などを思い浮かべがちですが、実はこのシステムは、労働基準法に定めがありません。「給与」は雇用者側が勝手に減額などの改正をすることは許されませんが、「手当」の場合は、仕事ぶりによって増減があると定めておけば、臨機応変に金額や頻度を変更してもいいのです。
●企業が取り入れるアルバイト・パートの手当制度の例
今月は売上が上がったから、スタッフに“ありがとう手当”を支給する
経営が軌道に乗り始めたから、毎月一番優秀な働きをした人に“MVP手当”を支給する
経営不振に陥っているため、これまでの手当をいったん廃止する
企業の哲学を反映しつつ、従業員のやる気がアップする楽しい手当を検討してみるのもいいですね。
●時間別で見るアルバイト・パートの保険
(1日の勤務時間が8時間で、週5日勤務の事業所のケース)
労働時間が1日4時間(週20時間未満)の人
雇用保険なし、社会保険なし
労働時間が1日4時間から6時間未満(週20時間~30時間未満)の人
雇用保険あり、社会保険なし
労働時間が1日6時間(週30時間以上)の人
雇用保険あり、社会保険あり
労働時間が週20時間未満のスタッフの時給を考える際は、保険について気にする必要はありません。
一方、週20時間以上働くスタッフには雇用保険が、30時間以上働くスタッフには雇用保険・社会保険がかかります。会社との折半になるとはいえ、スタッフにとっても大きな負担。彼らの手取り額を考慮して、給与額を決める必要があります。
特に、昇給制を採用している場合は注意してください。場合によっては昇給したにも関わらず、手取りの金額が数百円しか上がらないこともあるのです。
賃金決定時、昇給金額の決定時は、いずれも保険料の“等級”区分の上限に近づかないように注意してください。等級については、「平成25年9月分の健康保険・厚生年金保険の保険料額表」が参考になります。
ここまでは“賃金”そのものについてお話してきましたが、最後に賃金以外の“メリット”についても考えてみましょう。
優秀な人材を採用し、長く働いてもらうためには、昇給制や手当制の工夫も取り入れつつ、より多くの賃金を渡せるに越したことはありません。とはいえ、賃金が多ければ働く側は満足かというと、必ずしもそうではないようです。
では、賃金のほかに何が必要なのでしょうか? 私は、人が喜びを感じる報酬には、お金以外に次の4つがあると考えています。
●「働くことを通じて得られるメリット」まとめ
(1)感動(お客様から「ありがとう」と言われること)
(2)成長(去年よりも大きく成長したと感じられること)
(3)信頼(仕事を通じて、お客様や同僚に高く評価されること)
(4)愛情(働くことを通じて得られる愛情や絆)
業界相場を下回る賃金しか出せない場合、こうしたメリットは非常に大切です。なかでも(4)の「愛情」を深く考える必要があります。
実際にある例では、給与明細に社長が一言「今月もありがとう」「○○さんのおかげで目標が達成できました」など手書きのメッセージを入れている企業があります。環境や研修体制を充実させ、スタッフを心から励まし、育てることは、金額面の不足をある程度カバーできるはずです。
今の職場が、アルバイト・パートスタッフにお金以外のメリットを感じてもらえる職場かどうか。賃金設計の際にはぜひこの点も考えてみてください。
提供:インテリジェンス「an report」
http://weban.jp/contents/an_report/index.html