包容力はどう持てばいいのか
90年代後半から日本に入ってきた成果主義はもしかしたら、曲りうねりながら育つ人を切り捨ててしまったかもしれない。しかしながら、キャリアで回り道をした人にこそ「仕事の本質を見抜く」力がある。そのような人が、腰を据えて、覚悟をもって、仕事に臨めるように、今こそ企業は包容力を持つべきではないか。前号ではそんな提起をさせていただいた。
では、企業はどのようにして、包容力を持てばいいのだろうか。
「企業は、失われた10年に成果主義を入れ、コストカットを進めた」と言われることがある。確かに成果主義の中で企業や人事は、「なぜ給与が下がるのか」「なぜ昇格しなかったのか」を説明することにパワーを割かざるを得なかった。評価判断は公平で透明な唯一の尺度のように扱われ、短期業績を積み上げられる人材が上に引き上げられていく。不器用な者や、ムラがあるような者が上層部に上がってこなくなってしまった。そして皮肉なことに、今頃になって「創造性のある人材」「変革人材」「考える力を持った人材」を猫も杓子も探している。
そのような中、企業が変えられることは何か。答えはシンプルだ。それは、人材マネジメントを等級・評価・報酬の小さな三角形で回す小さな世界だけで捉えず、もっと長期軸のキャリア開発の視点で評価する場を設けることである。短期業績評価は短期業績で評価をし、キャリア開発はキャリア開発の状況について振り返らせる。部下のよくやっているところを上司は存分に魅いだしてやり、部下はそれを励みに新しい挑戦や、時間のかかる取り組みに覚悟をもって取り組む。体制を整え、従業員に「視界を上げるよう」「覚悟するよう」発信するのは企業の仕事だ。
現場の包容力に何が起きているか
最近、インテリジェンスHITO総研にいただく人事制度設計の案件で多いご相談は、「前に入れた成果主義の人事制度が形骸化してしまった」というケース。制度導入目的そのものだった成果主義が、運用の中で形骸化し、年功化してしまったという。制度設計上は、成果主義が入っているのに、運用でメリハリが利いていない。
現場の上司に聞くと“短期の業績だけで優劣を評価できない”、“評価することに疑問を感じる”という話がでてくる。間近でみている上司にとってみると“期初に定めた目標ではない、しかしいい動きをしている部下“や、“確かに業績を残しているが、ラッキーだった部分もあり、本人の努力とは言えない部下“がおり、短期業績評価での“表現のしきれなさ”を感じていた。上司側には評価しきれなさが残り、短期業績評価の結果もぼやけてしまった。
短期業績評価は、やると決めたらやるべきだ。問題なのは短期業績評価そのものではない。短期の業績管理に偏重したマネジメントとなることであり、従業員が挑戦に消極的になることである。彼らは降格や降給のリスクを冒してまで、失敗するかもしれない新しい挑戦や、時間のかかる取り組みに手を挙げなくなってしまう。もちろん、ビジネスによっては…、状況によっては…、短期業績の追求が最優先というケースもあると思う。しかし、いくら短いスパンのビジネスでも、人間の成長にはそれなりに時間がかかるものだ。IT技術でビジネススピードが格段に上がったことと同じ期待はできない。人の成長をもう少し長い目でみるべきだ。
そこで現場がまず変えるべきは、上司・部下のコミュニケーションだ。目標達成の話にキャリアゴール達成の話を加えてほしい。今までの「目標に対してどうなんだ?」という話を止める必要はない、「3年後(5年後)にこうなるためには…」という会話を加えればいい。中長期的なキャリアを上司と部下が共有できれば、新しい挑戦や、時間のかかる取り組みを支援し、成長への声掛けができる。部下は信頼関係の中で、支援を受けながら、難易度の高い取り組みに挑戦できる。時間軸を伸ばせば、部下の自分自身への成長欲求の範囲も広がり、上司の部下への成長への期待も広がる。
何かを魅いだしてくれる人
昨今、女性活用のテーマで、「スポンサー」の必要性が叫ばれている。スポンサーとは、まだ組織の中で埋もれている人材のポテンシャルを魅いだし、周囲に周知させ、抜擢を推奨する存在だ。男性に比べて、女性にはこのスポンサーとなってくれる人が少なく、それが女性をヒエラルキーの上層部へ引き上げられない一因なのではないかと言われている。
しかし、これは女性に限ったことではないと私は思っている。今では、このように「ポテンシャルを魅いだす」「魅いだされた」ということが少なくなってきているのではないだろうか。
経済誌ウォール・ストリート・ジャーナルの全面広告集『アメリカの心 ~全米を動かした75のメッセージ~』の中に、私が好きな詩がある。『忘れないでほしい 君にチャンスを与えてくれた人を』だ。そこには、“誰かがある日 君の中に何かを見つけた。今日の君の何分の一かは そのおかげだ。~中略~ それが誰であろうと、君の将来に賭ける親切さと 先見を持った人だった。人間とオランウータンとを区別するのは、この二つの美徳なのだ。”とある。
IT化とグローバル化で、世の中はスピードアップし、企業の動きもどんどんスピードを求められるようになっている。経営は株主から結果を求められ、経営は従業員に成果を求める。ついつい誰もが急いてしまう。しかし、人の成長は技術の進化とともに多少スピードアップしたかもしれないが、技術ほどドラスティックに変われない。
親切さと先見。私たちは拙速に人の優劣をつけるだけでなく、人にきっかけを与え、成長に期待をかけることができる生き物である。芽はでていない、しかし面白いことを考えるヤツに、何らかのきっかけを与えられたら、もしかしたら、今までの既定ルートでは編み出せなかった新しいアイデアが生まれるかもしれない。
前号冒頭の成長カーブの線を思い出していただきたい。欄外に消えそうな線に、“いや、この線はあとで伸びるぞ”と言ってくれる、その一言が求められているように思う。
※この記事はインテリジェンスHITO総合研究所WEBサイトからの転載です。メルマガも配信中
<執筆者紹介>
為田 香苗(株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 エグゼクティブコンサルタント)
株式会社リクルート入社後、人材総合サービス事業部門でクライアントへの採用戦略の提案を行う。米サンダーバード国際経営大学院への留学(MBA)を経て、2004年よりワトソンワイアット株式会社(現タワーズワトソン)で人材コンサルタントとして人事制度構築、人事に関わる様々なコンサルテーションを実施。2007年より、株式会社リクルート再入社。グループ人事・グローバル人事で、M&Aの人事デューデリジェンス、人事PMIを担当。2012年より、株式会社カンター・ジャパンの人事ディレクターとして人事全般を担当。2014年8月より現職。