裁量労働制とインセンティブ、この全く関係のないような制度を同時に導入することは、企業側にとっていったいどんな効果があるのか?
インセンティブとは、個人の業績に対する報酬である。本質的には会社が赤字でも業績の高い社員には支払わなければならないものである。会社に多くの利益が出た時は皆が幸せになれるのだが、赤字になるケースも想定して、最低限の原資を確保しておく必要がある。この原資の一部が、今まで無尽蔵に支払っていた時間外手当ということである。残業時間が多い会社は、それだけで原資として十分成り立つかもしれないが、そうでない会社は、過去に支払ってきたコンテストや賞与の変動分なども原資の候補して考える必要がある。では原資としてどれくらい用意すればいいのか、という質問が思い浮かぶが、正解は存在しない。ここはあくまでも経営者の考え方と、現状どのような問題があって、それをどう改善したいのかという目的によって、やり方は何通りも存在し、原資の考え方もさまざまである。ただし、いきなり”時間外手当を撤廃して、全てインセンティブに移行する”なんてやり方は、社員の同意も得られないし、監督署も許さないだろう。ソフトランディングも重要なのだ。そこで、裁量労働制の導入に伴い、みなし残業手当を”裁量手当”という題目で一律に支給するのがベターな考え方だ。残業時間は社員間で多きな格差がある。全社員の残業時間を調査して、場合によっては職種または所属部門等で支給額や支給率を変える必要もあるかもしれない。残業時間の中にも、環境上やむを得ない時間と、自分の裁量で管理できる時間があるはずだ。前者を裁量手当として支給、後者をインセンティブの原資とするのが妥当な考え方である。
契約形態も考慮する必要がある。派遣契約に従事する社員は、指揮命令系統が派遣先になるので裁量労働制の対象外であるが、やっかいなのは業務委託契約に基いて客先で開発を行う、いわゆる”SES”に従事する社員である。契約上は指揮命令系統は自社に属するが、業務の実態は派遣に限りなく近く、お客様の要求によって時間外の対応を余儀なくされることも少なくない。このようなケースは実態を調査した上で、前述の”裁量手当”を調整する必要がある。労働局の「働き方・休み方改善コンサルタント」の先生からは、労働契約において、”裁量手当”の支給率を社員一人一人と個別に合意するのが最も望ましいというお話しがあったが、人事部門や管理職にかかる負担を考えると到底無理な話である。職種や所属部門単位、最小でもグループ単位で設定するのが現実的と考える。私見ではあるが、”裁量手当”の幅は、時間外手当実績の30%から70%の間で設定するのがいいと考える。何故こんなに幅があるのかというと、自己の裁量による部分の大小によって、”裁量手当”とインセンティブの比率を調整することが必要になるからだ。大きい場合は”裁量手当”を少なく、インセンティブを多く。反対に少ない場合は”裁量手当”を多く、インセンティブを少なくするのが理にかなったやり方である。
これで原資と配分方法の考え方はメドが立つわけだが、目標設定の話に入る前に予算枠を決めておかなければならない。冒頭で述べた通り、インセンティブは会社が赤字でも高い業績をあげた社員に対しては支払わなければならないからだ。反対に会社が多くの利益を上げたとしても、青天井でインセンティブを支払っていては、予想外に利益を圧縮してしまう場合もある。そこはしっかりとしたコントロールが必要だ。
まずはインセンティブの支給範囲を設定しなければならない。インセンティブの支給率は、基本給の12カ月分を基準額とし、目標に対する達成率に応じて、基準額に対するパーセンテージで設定するのが一般的である。支給範囲とは、個人が目標の最低ラインに達したときと、達成率の上限値に達したときに、それぞれ支給率を何パーセントにするかという支払の幅を設定することである。この最低ラインの支給率を対象者全員が達成したことを想定して確保しておくべき額が最低予算ということになる。以下に例を取って説明すると、インセンティブ対象者の平均基準額(基本給の12カ月分)が400万円だった場合、インセンテイブの最低支給率を仮に5%と設定したときに、対象者の500人全員がこれを達成すると支給総額は以下の計算となる。
400万円×0.05×500=10,000,000円
これが、500人のインセンティブ対象者に対して、会社が確保しておくべき最低限の原資ということ。もちろん、5%という支給額は最低ラインであって、目標達成率に応じて支給率は増えていかなければ対象者は納得しない。これは”支給テーブル”を作成して、対象者にはオープンにする必要があるが、詳細は次回に述べることとする。支給額が増える=個人の目標達成率が上がれば会社の利益が伴ってくるので、利益の一部をインセンティブの足りない原資に充てればよい訳で、予算としては前述の最低額を想定すればいいだろう。
逆のアプローチ方法として、前年度から削減された時間外手当の総額を1人当たりに割り振って最低支給率を設定する方法もあるが、裁量手当も支給するということになると、インセンティブとしては少々物足りない支給額になってしまだろう。そこで、昨年まで支給していたコンテストや賞与の一部を組み入れるといったことも考える必要があるだろう。社員の立場で考えると、最低ラインに到達したら、減った時間外手当分は最低限の要求額だろうし、上限は賞与の額よりは多くもらいたいと思っているだろう。
賞与は出るのが当たり前と勘違いしている社員はたくさんいるが、本来は利益が出た場合に還元するものであって、赤字でも出すことなどしなくてもいいものだ。それに対して、インセンティブは社員にコミットしなければならない。賞与よりも優先して支払うべきものなのである。予算を大幅に上回った場合は、当然会社の利益も伴ってくるが、賞与の引当金を使ってインセンティブを支払うという方法も、場合によっては十分考えられる。これも経営者の考え方によるのである。
このように、予算の考え方を押さえたところで、次回は目標設定と支給率の関係、”支給テーブル”について述べていきたい。