嶋津良智 著
朝日新書 798円
組織や社会は価値観を共有する者によって構成されている。相手と自分の価値観が同じだから、会話が成立し、指示ができる。日本人と欧米人の文化的価値観は異なるが、ビジネスの価値観は共通だから交渉が成立する。
ところが会話の成立しない人種がいる。若者だ。おじさん管理職にとって若手社員の言行は理解不能。そして本書のサブタイトルにある通り「今日も部下に腹を立てている」のだ。
しかし腹を立てるだけで部下は成長しない。40代の課長は怒られながら仕事を覚えていったかも知れないが、イマドキ社員には通用しない。上司に怒られても、イマドキ社員は反発する、ポキリと折れる、来なくなる、といろんな反応をするが、上司が期待する行動には結びつかない。
なぜおじさん管理職までの価値観が通じないのか。著者は『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』(鈴木貴博/朝日新聞出版)を引用して説明する。念のためにガンダムとワンピースを説明しておこう。
ガンダムとは「機動戦士ガンダム」のこと。ロボットアニメのエポックと言われる作品だ。1979年からテレビ放映された。そしてガンダム世代とは、1960年~1969年生まれの40代を中心とした世代だ。
ワンピースとは、少年ジャンプに連載中の「ONE PIECE」のこと。おじさん世代は知らないだろうが、単行本は初刷が400万部を超えて発売され、累計で2億8800万部を突破している国民的お化けマンガだ。1997年に連載が始まり、「ワンピース世代」とは1978年~1988年生まれの20代を中心とした世代を指している。
ガンダムの世界では、上司と部下の間には明確な上下関係があり、部下が逆らえば鉄拳が飛んでくる。しかしワンピースの世界には上下関係は存在しない。主人公のルフィは偉ぶったところが皆無で、「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある」と弱さをさらけ出している。
そしてガンダムの登場人物は「自分の属する組織のため」に戦う。ところがワンピースでは一人ひとりの価値観が違っており、個人の価値観と組織の価値観が違っていても組織に従う必要はない。著者は、そういう価値観の違いが20代のワンピース世代と40代のガンダム世代との間にあると述べている。
そういう価値観の違いがあるなら、40代の管理職が20代だった頃に上司から受けた方法で20代に接しようとしても無意味だろう。ではどうすればいいのか?
方法はある。著者はガンダム世代とワンピース世代という断絶を前提にして出発し、解答へと導いてくれる。
解答はシンプルだ。怒らないことだ。腹を立て、イライラしてもいいことは何も起こらない。そもそもなぜ人はイライラと怒るのか? 著者はおもしろい指摘をしている。イライラをコントロールできない原因のひとつは「部下の考え方を変えられる」と思ってしまうからだと指摘している。
親は自分の考え方を変えようと思わず、「子どもの考え方を変えよう」とする。人は「下の立場の人間の心ほど変えられる」と思いがちらしい。
しかし、親に怒られていた子どもの頃を思い出せば、親の自分が子どもを怒っても叱っても何の効果もないことはわかるはずだ。
本書を読むと、怒っている間は何も前進しないことがわかる。怒らないと決めてから、改善は始まる。
そういえば論語に「怒りを遷(うつ)さず」という言葉があったことを思い出した。怒りの気持ちをむやみに人に見せるなという意味だ。孔子は2500年前の人だが、その頃の人間もいまと同じように怒りっぽかったようだ。