岸本 裕紀子 著
PHP新書 798円
伝統的な考え方によれば、労働は肉体労働と頭脳労働の2つに分かれる。しかし近年では自分の感情をコントロールして感じ良く接し、相手からプラスの感情を引き出す労働が増えている。それが感情労働だ。
この概念は1970年代に生まれた。A・R・ホックシールドという社会学者が客室乗務員の調査を行い「管理される心 感情が商品になるとき」としてまとめたことに始まる。本書によれば日本では看護や介護の分野で研究が積み重ねられてきたそうだ。
客室乗務員、看護、介護のいずれも、外の顧客を対象とし、細かな気配りと優しさが必要な感情労働である。しかし本書は感情労働の概念を拡大する。顧客と対面する職業という枠に留まらず、顧客を職場内の上司や部下などに置き換えても当てはまるのではないかというのが著者の見立てだ。
感情労働は日本全体に蔓延している。職場では上司に良く思われたい、部下に良く思われたい.しかし職場で良く思われていないように感じる大人があふれている。学校ではモンスターペアレントに怯える教師がおり、病院では患者の家族に訴えられないことが最優先されている。
本書はそんな感情労働の実態を取材によって伝える本だ。筆致は上品だが、内容は暗い。本書は解決策を提示することを目的としていないし、そもそも感情労働が解ける問題であるとは思えない。
読んでいて気付いたことがある。日本は過度に自責を求める社会になっていることだ。
自責は他責の対語であり、ビジネス研修ではプラスの意味で使われることが多い。他責は原因を自分の外(他)に求める考え方だが、自責はその逆で、自分の考え方ややり方を変えることで状況を変えようとするものだ。ビジネス研修では、他責発想では成長しない、結果を残せないと教え、自責発想によって成長すると説く。
本書が新卒について述べている内容は、この自責とほぼ同じだ。政府と産業界が若者の能力要件として使うことが多い社会人基礎力は、若者にこのような人間になれという圧力だ。
そして若者側からすれば、就職氷河期、競争の激化、格差の拡大と言っても仕方がない。すべては自分の問題。「仕事のためには、市場のニーズに敏感になり、自分の能力を磨き、効果的にアピールし、そして、必要とあらば自己変革をもいとわない人間になれ」というメッセージが世の中にあふれている。
そして本書によれば、社会からのメッセージに応えて感じが良い若者が増えているそうだ。就活を通じてコミュニケーション力を磨き、他者に感じ良く演じる術を学んだ若者が多いようだ。求められた能力を身につけたわけだが、何かおかしなことが起こっているような気がする。
「継続は力なり」と「どんな仕事にも意味がある」という言葉は名経営者が口にすることが多い。ところが若者の多くは、この2つの言葉に対し「意味がないと思う」と言うと本書に記されている。たぶん10年前ならふたつの言葉を否定する若者は極めて少なかったはずだ。