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海外リーダーシップ道場

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2014年08月01日

FIFAワールドカップが始まった。グループステージの日本戦は平日早朝や週末の日中と、勤め人としては嬉しい日程である。

今回の日本代表は海外組が15名と、代表全体の実に半数以上を占める。サッカー以外にも海外組といえば野球のマーくん、ゴルフの松山選手など、年々増えてきている印象だ。

彼らに代表される海外武者修行だが、果たして本当に効果はあるのか。スポーツの世界ではそもそもの競争環境に大きな差があり、明らかに個人の成長に効果はありそうだ。一方ビジネスの世界でも、ハイポテンシャルな若手人材を海外現法に送り込み鍛える動きは増えている。最近複数の大手邦銀では、海外経験者を増やすため3-4年ローテーションで定期的に若手を送り込んでいる。異動があまりにも頻繁で毎月歓送迎ゴルフや宴会に忙殺されるという、笑えない弊害まで発生している。とはいえ担当者が海外赴任を経て大きく成長し、新たな仕事を任されるようになるとは限らない。少なくとも私の知る限り、帰国後も従来と大差ないローテーションにのっているケースが多いようだ。

対照的にある日本企業の海外事業責任者は、期限の定めなく単身アジア某国に赴任。新しい現地法人立ち上げを命じられ、会社設立からスタッフ採用までを独りで行った。赴任前は国内主力事業の責任者だったが、30代という若さゆえ業績・組織運営で粗が目立ち、ゼロから経営を勉強してこいというトップの鶴の一声で赴任が決定した。

国内と海外で扱う事業規模は100対1以上のギャップ、従来は何でも周囲のスタッフがお膳立てしてくれていたものも、すべて自分でアレンジしなければならない。最初は「左遷された」と感じ、ショックは相当きつかったようだ。

極端に高い離職率、日本では考えられないようなスタッフの裏切り、言葉も考え方もまるで異なるビジネスパートナーとの交渉。過酷な環境の中で、彼は信頼できる腹心を見出し、心から彼を応援してくれる一取引関係を超えたビジネスパートナーを開拓。リーダーとして大きく成長した。会社の看板ではなく個人としてビジネスを推進し、あらゆる不確定な事態にもタフに対応する力を身に着けた。その成長ぶりを買われて数年後に海外事業全体の責任者として抜擢され、その後も活躍している。

いささか乱暴なこの種の人事、常に成功するわけではない。同じような状況で期待のエース人材を送り込んだものの、不慣れな環境に心身ともに行き詰まり、帰国に追い込まれるケースも多い。成功するには、会社側では異国の環境に耐えうる適性の見極めや言語・一定のマネジメント経験など最低限の準備(レディネス)を整えているか、本人は未経験な環境に耐える覚悟があるかが問われる。

「 私、今日が最終日なんです。 」

筆者がある会社に勤めていた時に駐在員としてアジアに赴任し、出社初日に銀行口座開設のため現地の人事スタッフと一緒に近所の支店に赴いた時のこと。待ち時間中に談笑していたら、突然こう言われた。

聞くと前の会社から一緒に転職してきたもう一人のスタッフも今月退職するらしい。オフィスに戻ると、彼女たちの上司である人事マネジャーに話を聞いた。優秀な人事マネジャーだったが採用や教育研修で手一杯で人事総務までケアできておらず、残業が非常に多いことにスタッフの不満が充満していた。

彼女の上司だった私は対応策を話し合い、業務を切り分けて新たに人事総務担当のマネジャーを採用することにした。幸いほどなくして信頼できる人材を獲得でき、その後も紆余曲折あったが、1年後には人事部門は安定した。そもそも当該女性人事マネジャー自身、早く手を打たなければ離職の危険があったことは、その後彼女と親しくなった後に判明した。これはほんのささやかな一例だが、赴任早々の洗礼にやや面食らったのは事実である。

不確実性に対するタフネスや個人としてのリーダーシップが問われるという点で、あらゆるところから槍が飛んでくる新興国でのビジネス経験は得難いものがある。新規事業立ち上げやM&Aなど、リーダーとして大きく成長する機会は他にもあるが、海外事業の割合が多くなる中、不安定なグローバル事業環境で結果を出し続けることが問われるビジネスリーダーにとって、海外駐在は得難い経験の場の一つであることは間違いない。

一方、海外駐在がうまくリーダーシップ道場として活用されず、本社への人材パイプラインの還流がなければ、本社と現地の不毛な断絶が起きる。現場の大変さへの理解のない本社に対して、「OKY(お前、来てみて、やってみろ)」とうそぶきたくなる駐在員の気持ちは分かるが、これではあまりにももったいない。海外駐在を経た人材が本社で枢要なポジションに戻り、本社は本社で大変な全社目標を達成するために海外で培ったリーダーシップを発揮することができれば、理想的である。

本社に戻れば実は大して権限のない海外現場では何もできない。それを意思決定できるのは、本社で全社のガバナンスをしている経営トップ、経営陣だけである。

あなたの会社ではリーダーシップ道場、うまく活用できていますか?

 

 

マーサー ジャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング シニアコンサルタント 山内 博雄

日系・外資系企業の組織・人事戦略策定・人事諸制度設計、リーダーシップ開発、グローバル人材マネジメント、M&Aに伴う人事デューデリジェンス、組織統合等のプロジェクトに参画。最近では、日系企業のグローバル人材マネジメントの支援に注力し、組織・人事戦略策定からグローバルサクセッションプランニング等、幅広い領域でのコンサルティングに従事している。
マーサー参画前は、日系銀行、外資系戦略ファーム等を経て、日系大手サービス業の経営企画・経営管理担当執行役員、海外部門経営管理担当執行役員(香港駐在)等を歴任。
東京大学経済学部経済学科卒業。

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