先日、ある会社の工場で、社員がベルトコンベアのごみを取ろうとしてギアに腕を巻き込まれるという事故が起きた。幸いにも腕の擦傷で済んだが、もっと重大な事故につながったおそれも十分にあった。
工場では事後の対策として、ごみを取るための棒状の器具を設置することにした。仮に、事前にこのような危険を想定し、ごみ取り用の器具を備え付けていたのなら、事故は起きなかった可能性が高い。
起きてからでは遅い、起きる前に必要な措置を施す。その体系的な取り組みがリスクアセスメントである。
具体的には、「職場の危険性や有害性を特定し、それによる労働災害の被害の重大性と災害発生の可能性の度合いを組み合わせてリスクを見積り、そのリスクの大きさに基づいて優先度を定め、リスクの除去や低減措置を検討・実施し、結果を記録をする一連の手法」である。
内容をステップごとに整理をすると、
① 危険性や有害性の特定(=ケガをしそうな作業の洗い出し)
② リスクの見積り(=リスクの大きさの評価)
③ 優先度の決定とリスク低減措置の検討
④ リスク低減措置の実施
⑤ 記録
の5段階となる。
リスクアセスメントは労働安全衛生法第28条の2で努力義務が課されている。先日成立した改正安衛法第57条の3で、一定の化学物質について実施が義務づけられたものの、大半の作業において、現状では企業の自主的な取り組みに委ねられている。
努力義務だからやらなくてよいという考え方もできるが、少なくとも、近年に労災が起きている(あるいは起きそうになった)事業場であれば導入を真剣に検討すべきだろう。
厚生労働省ではリスクアセスメントの効果として次の5つを挙げている。
① 職場のリスクが明確になること
② リスクに対する認識を共有できること
③ 安全対策の合理的な優先順位が決定できること
④ 残留リスクに対して「守るべき決めごと」の理由が明確になること
⑤ 職場全員が参加することにより「危険」に対する感受性が高まること
見方を換えると、実施にあたっては、これら5つの効果が発揮できるような取り組みにしなければならないということだ。労災の被災者の多くは現場の一般労働者なので、職場のリスクを明確化し、共有化し、意識することは、労災防止のために極めて重要となる。
そして意識の問題だけでなく、実際にハード・ソフトの対策を施すことにリスクアセスメントの意義がある。安全意識は大切だが、意識だけでは労災はなかなか防げないからだ。極端な話、安全意識をしなくても、事故が発生しないような職場にするのがリスクアセスメントの目的といえる。
ステップを見てわかるとおり、リスクアセスメントの取り組み自体はシンプルで、それほど難しいものではない。というよりは、このような活動は何らかの形ですでにやっているのが普通だと思う。要はそれらの取り組みを、全社的・体系的・継続的に行うことで、より効果を高めようとするのがリスクアセスメントの本質といえる。あまり難しく考えずに、「まずはやってみるか」という姿勢が大切である。
実施の前提として、職場での勉強会なども必要だろう。その際のネタとして、厚労省のサイトに資料がたくさんあるので活用するとよい。
筆者が経験した事例では、実際に労災リスクが低減するような物理的な措置がとられたことに加え、社員の安全意識が以前より高まり、他の安全対策にも積極的に取り組むようになったという波及効果も見られた。
職場の活性化という観点からも、ぜひリスクアセスメントをおすすめしたい。