7月5日、日本年金機構は熊本地震からの復興に取り組んだ企業の依頼に基づき「特例保険者算定」を実施することを発表した。果たして、「特例保険者算定」とはどのような仕組みであろうか。
社会保険料は4~6月の給与額で決まる
「特例保険者算定」とは企業や従業員が支払う厚生年金保険料、健康保険料などの社会保険料の金額を決める際に、熊本地震からの復興業務に取り組んだことによって不利益を被ることがないように講じられる特例的な仕組みのことである。企業や従業員が支払う社会保険料の金額は、通常、毎年4~6月の給与の支払い実績に基づいて決定される。具体的には、4~6月の3ヵ月間に支払われた給与の平均額を用いて社会保険料計算の元になる各従業員の標準報酬月額が決められ、その年の9月から1年間はその標準報酬月額に保険料率を乗じた金額が支払うべき社会保険料額とされる。このように1年間の標準報酬月額を決定する仕組みを定時決定という。
たとえば厚生年金であれば、標準報酬月額は1等級の9万8千円から30等級の62万円までの30段階に分かれており、4~6月の給与の平均額が低いほど “低い等級の標準報酬月額” に、4~6月の給与の平均額が高いほど “高い等級の標準報酬月額” に割り当てられる。“高い等級の標準報酬月額” に割り当てられるほど、負担する社会保険料額も増えることになる。
復興業務で4~6月の給与支払いが増えた企業を救済
4月14日の熊本地震の発生に伴い、多くの企業が震災からの復興業務に取り組まざるを得なくなった。その結果、復興業務に取り組んだ従業員に多くの時間外労働が発生した企業も少なくない。時間外労働が発生すれば従業員に支払われる給与額も増加するため、結果的に4~6月の給与支払額が通常よりもかなり増えてしまうことになる。このような状況であるにもかかわらず、通常どおり4~6月の給与支払い実績で定時決定を行った場合、社会保険料計算の元になる従業員の標準報酬月額は、通常よりも “高い等級の標準報酬月額” に割り当てられ、その額に基づき9月から1年間の社会保険料額が決定されることになる。現在は復興業務が終了し、復興業務に伴う時間外労働も発生していないのであれば、実際の給与額には見合わない “高額な社会保険料” を9月から1年間、支払い続けなければならなくなる。
このような不合理を回避するために用意された特例的な措置が「特例保険者算定」である。具体的には、今回の定時決定に限り、復興業務による時間外手当の金額が上乗せされた「4~6月の給与支払い実績」ではなく、「昨年の7月から今年の6月までの給与支払い実績」を用いて今年の9月から1年間の標準報酬月額を決めることができるという仕組みである。今回に限り「昨年の7月から今年の6月」の12ヵ月間の給与の平均金額を用いて標準報酬月額を決めることにより、実際の給与額に見合った社会保険料額が決定されることになり、実態からかい離した “高額な社会保険料” を負担する必要がなくなる。
「特例保険者算定」の制度を利用するには、次のような条件に合致する必要がある。
①「平成28年4~6月の給与支払い実績に基づく標準報酬月額」と「平成27年7月から平成28年6月までの給与支払い実績に基づく標準報酬月額」との間に2等級以上の差があること。
②この差が熊本地震の復興業務等に従事したために、一時的に給与支払いが増加したことによるものであること。
③給与支払額が平成28年8月までに従前支払額の水準にまで減少していること。
などである。
今回の「特例保険者算定」の制度は、熊本地震の復興業務等に取り組んだことにより給与支払いが一時的に変動した企業であれば、「業種」「職種」「所在地」に制限なく利用が可能である。この特例措置は平成23年の東日本大震災の際にも発動され、関係企業の不利益解消に一役買っている。心当たりのある企業は特例の要件をよく確認のうえ、利用を検討してみてはいかがだろうか。
コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀 信敬(中小企業診断士・特定社会保険労務士)